伊勢物語 - 039

 むかし、西院さのみかどと申すみかどおはしましけり。そのみかどのみこ、たかいこと申すいまそがりけり。そのみこうせ給ひて、おほんはふりの夜、その宮のとなりなりけるをとこ、御はふり見むとて、女ぐるまにあひのりていでたりけり。いとひさしうゐていでたてまつらず。うちなきて、やみぬべかりけるあひだに、あめのしたの色ごのみ、源のいたるといふ人、これも、もの見るに、このくるまを、女ぐるまと見て、よりきて、とかくなまめくあひだに、かのいたる、ほたるをとりて、女のくるまにいれたりけるを、くるまなりける人、「このほたるのともす火にや見ゆるらん。ともしけちなむずる」とて、のれるをとこのよめる。
  いでていなばかぎりなるべみともしけち
   年へぬるかとなくこゑをきけ
かのいたる、返し、
  いとあはれなくぞきこゆるともしけち
   きゆる物とも我はしらずな
あめのしたの色ごのみのうたにては、猶ぞありける。いたるは、したがふがおほぢなり。みこのほいなし。

伊勢物語 - 040