伊勢物語 - 001

 むかし、をとこ、うひかうぶりして、ならの京、かすがのさとに、しるよしして、かりにいにけり。そのさとに、いとなまめいたるをんなはらからすみけり。このをとこかいまみてけり。おもほえず、ふるさとにいとはしたなくてありければ、ここちまどひにけり。をとこのきたりけるかりぎぬのすそをきりて、うたをかきてやる。そのをとこ、しのぶずりのかりぎぬをなむきたりける。
  かすがののわかむらさきのすり衣
   しのぶのみだれかぎりしられず
となむおいづきていひやりける。ついでおもしろきことともや思ひけん。
  みちのくの忍ぶもぢすりたれゆゑに
   みだれそめにし我ならなくに
といふうたの心ばへなり。むかし人は、かくいちはやきみやびをなんしける。

伊勢物語 - 002

 むかし、をとこ有りけり。ならの京ははなれ、この京は人の家まださだまらざりける時に、にしの京に女ありけり。その女、世人にはまされりけり。その人、かたちよりは、心なんまさりたりける。ひとりのみもあらざりけらし。それを、かのまめをとこ、うちものがたらひて、かへりきていかが思ひけん、時はやよひのついたち、あめそほふるに、やりける。
  おきもせずねもせでよるをあかしては
   春の物とてながめくらしつ

伊勢物語 - 003

 むかし、をとこありけり。けさうじける女のもとに、ひじきもといふものをやるとて、
  思ひあらばむぐらのやどにねもしなん
   ひじきものにはそでをしつつも
 二条のきさきの、まだみかどにもつかうまつりたまはで、ただ人にておはしましける時のことなり。

伊勢物語 - 004

伊勢物語 - 004

 むかし、ひんがしの五条に、おほきさいの宮おはしましける、にしのたいに、すむ人有りけり。それを、ほいにはあらで、心ざしふかかりけるひと、ゆきとぶらひけるを、む月の十日ばかりのほどに、ほかにかくれにけり。ありどころはきけど、人のいきかよふべき所にもあらざりければ、猶、うしと思ひつつなんありける。  又のとしのむ月に、むめの花ざかりに、こぞをこひていきて、たちて見、ゐて見、見れど、こぞににるべくもあらず。うちなきて、あばらなるいたじきに、月のかたぶくまで、ふせりて、こぞを思ひいでて、よめる。
  月やあらぬ春や昔のはるならぬ
   わが身ひとつはもとの身にして
とよみて、夜のほのぼのとあくるに、なくなくかへりにけり。

伊勢物語 - 005