むかし、をとこ有りけり。人のむすめのかしづく、「いかで、このをとこに物いはむ」と思ひけり。うちいでむことかたくやありけむ、物やみになりて、しぬべき時に、「かくこそ思ひしか」といひけるを、おやききつけて、なくなくつげたりければ、まどひきたりけれど、しにければ、つれづれとこもりをりけり。時はみな月のつごもり、いとあつきころほひに、よひはあそびをりて、夜ふけて、ややすずしき風ふきけり。ほたるたかくとびあがる。このをとこ、見ふせりて、
ゆくほたる雲のうへまでいぬべくは
秋風ふくとかりにつげこせ
くれがたき夏のひぐらしながむれば
そのこととなく物ぞかなしき