むかし、あてなるをとこありけり。そのをとこのもとなりける人を、内記に有りけるふぢはらのとしゆきといふ人、よばひけり。されど、まだわかければ、ふみもをさをさしからず、ことばもいひしらず。いはむや、うたはよまざりければ、かのあるじなる人、あんをかきて、かかせてやりけり。めでまどひにけり。さて、をとこのよめる。
つれづれのながめにまさる涙河
そでのみひちてあふよしもなし
返し、れいのをとこ、女にかはりて、
あさみこそそではひづらめ涙河
身さへながるときかばたのまむ
といへりければ、をとこ、いといたうめでて、いままでまきて、ふばこにいれてありとなんいふなる。 をとこ、ふみおこせたり。えてのちの事なりけり。「あめのふりぬべきになん見わづらひ侍る。みさいはひあらば、このあめはふらじ」といへりければ、れいのをとこ、女にかはりてよみてやらす。
かずかずに思ひおもはずとひがたみ
身をしる雨はふりぞまされる
とよみてやれりければ、みのもかさもとりあへで、しとどにぬれて、まどひきにけり。