伊勢物語 - 016

 むかし、きのありつねといふ人有りけり。三世のみかどにつかうまつりて、時にあひけれど、のちは、世かはり、時うつりにければ、世のつねの人のごともあらず。人がらは、心うつくしく、あてはかなることをこのみて、こと人にもにず、まづしくへても、猶、むかしよかりし時の心ながら、よのつねのこともしらず。としごろあひなれたるめ、やうやうとこはなれて、つひにあまになりて、あねのさきだちてなりたるところへゆくを、をとこ、まことにむつまじきことこそなかりけれ、「いまは」とゆくを、いとあはれと思ひけれど、まづしければ、するわざもなかりけり。おもひわびて、ねむごろにあひかたらひけるともだちのもとに、「かうかう。いまはとてまかるを、なにごともいささかなることもえせで、つかはすこと」とかきて、おくに、
  手ををりてあひ見し事をかぞふれば
   とをといひつつよつはへにけり
かのともだち、これを見て、いとあはれと思ひて、よるの物までおくりてよめる。
  年だにもとをとてよつはへにけるを
   いくたびきみをたのみきぬらん
かくいひやりたりければ、
  これやこのあまのは衣むべしこそ
   きみがみけしとたてまつりけれ
よろこびにたへで、又、
  秋やくるつゆやまがふとおもふまで
   あるは涙のふるにぞ有りける

伊勢物語 - 017