伊勢物語 - 010

 むかし、をとこ、武蔵のくにまでまどひありきけり。さて、そのくににある女をよばひけり。ちちはこと人にあはせむといひけるを、ははなんあてなる人に心つけたりける。ちちはなほびとにて、ははなんふぢはらなりける。さてなん、あてなる人にと思ひける。このむこがねによみておこせたりける。すむ所なむ、いるまのこほり、みよしののさとなりける。
  みよしののたのむのかりもひたぶるに
   きみがかたにぞよるとなくなる
むこがね、返し、
  わが方によるとなくなるみよしのの
   たのむのかりをいつかわすれむ
となむ。人のくににても、猶、かかることなん、やまざりける。

伊勢物語 - 011