むかし、年ごろをとづれざりける女、心かしこくやあらざりけん、はかなき人の事につきて、人のくになりける人につかはれて、もと見し人のまへにいできて、物くはせなどしけり。「よさり、このありつる人たまへ」と、あるじにいひければ、おこせたりけり。をとこ、「我をばしらずや」とて、
いにしへのにほひはいづらさくら花
こけるからともなりにけるかな
といふを、「いとはづかし」と思ひて、いらへもせでゐたるを、「など、いらへもせぬ」といへば、「なみだのこぼるるに、めを見えず、ものもいはれず」といふ。
これやこの我にあふみをのがれつつ
年月ふれどまさりがほなき
といひて、きぬぬぎてとらせけれど、すててにげにけり。いづちいぬらんともしらず。