むかし、左のおほいまうちぎみいまそかりけり。かも河のほとりに、六条わたりに、家をいとおもしろくつくりて、すみたまひけり。神な月のつごもりがた、きくの花うつろひさかりなるに、もみぢのちぐさに見ゆるをり、みこたちおはしまさせて、夜ひとよ、さけのみしあそびて、よあけもてゆくほどに、このとののおもしろきをほむるうたよむ。そこにありけるかたゐおきな、いたじきのしたにはひありきて、人にみなよませはてて、よめる。
しほがまにいつかきにけむあさなぎに
つりするふねはここによらなん
となむよみけるは、みちのくににいきたりけるに、あやしくおもしろき所々おほかりけり。わがみかど6よこくの中に、しほがまといふ所ににたるところなかりけり。さればなむ、かのおきな、さらにここをめでて、「しほがまにいつかきにけむ」とよめりける。