伊勢物語 - 085

 昔、をとこ有りけり。わらはよりつかうまつりけるきみ、御ぐしおろしたまうてけり。む月には、かならずまうでけり。おほやけのみやづかへしければ、つねにはえまうでず。されど、もとの心うしなはでまうでけるになん有りける。むかしつかうまつりし人、ぞくなる、ぜんじなる、あまたまゐりあつまりて、む月なれば、事たつとて、おほみきたまひけり。ゆきこぼすがごとふりて、ひねもすにやまず。みな人ゑひて、「雪にふりこめられたり」といふをだいにて、うたありけり。
  おもへども身をしわけねばめかれせぬ
   ゆきのつもるぞわが心なる
とよめりければ、みこ、いといたうあはれがりたまうて、御ぞぬぎてたまへりけり。

伊勢物語 - 086