伊勢物語 - 084

 むかし、をとこ有りけり。身はいやしながら、ははなむ宮なりける。そのはは、ながをかといふ所にすみ給ひけり。子は京に宮づかへしければ、まうづとしけれど、しばしばえまうでず。ひとつごにさへありければ、いとかなしうし給ひけり。さるに、しはすばかりに、とみのこととて、御ふみあり。おどろきて見れば、うたあり。
  老いぬればさらぬわかれのありといへば
   いよいよ見まくほしききみかな
かのこ、いたううちなきてよめる。
  世中にさらぬわかれのなくもがな
   千よもといのる人のこのため

伊勢物語 - 085