伊勢物語 - 001

 むかし、をとこ、うひかうぶりして、ならの京、かすがのさとに、しるよしして、かりにいにけり。そのさとに、いとなまめいたるをんなはらからすみけり。このをとこかいまみてけり。おもほえず、ふるさとにいとはしたなくてありければ、ここちまどひにけり。をとこのきたりけるかりぎぬのすそをきりて、うたをかきてやる。そのをとこ、しのぶずりのかりぎぬをなむきたりける。
  かすがののわかむらさきのすり衣
   しのぶのみだれかぎりしられず
となむおいづきていひやりける。ついでおもしろきことともや思ひけん。
  みちのくの忍ぶもぢすりたれゆゑに
   みだれそめにし我ならなくに
といふうたの心ばへなり。むかし人は、かくいちはやきみやびをなんしける。