むかし、ゐなかわたらひしける人の子ども、井のもとにいでて、あそびけるを、おとなになりにければ、おとこも女も、はぢかはしてありけれど、おとこは、「この女をこそえめ」とおもふ。女は。「このをとこを」とおもひつつ、おやのあはすれども、きかでなんありける。さて、このとなりのをとこのもとより、かくなむ。
つつゐつのゐづつにかけしまろがたけ
すぎにけらしないも見ざるまに
女、返し、
くらべこしふりわけがみもかたすぎぬ
きみならずしてたれかあぐべき
など、いひいひて、つひにほいのごとくあひにけり。 さて、年ごろふるほどに、女、おやなく、たよりなくなるままに、「もろともに、いふかひなくてあらんやは」とて、かうちのくに、たかやすのこほりに、いきかよふ所いできにけり。さりけれど、このもとの女、「あし」とおもへるけしきもなくて、いだしやりければ、をとこ、「こと心ありてかかるにやあらむ」と思ひうたがひて、せんざいの中にかくれゐて、かうちへいぬるかほにて見れば、この女、いとようけさうじて、うちながめて、
風ふけばおきつしら浪たつた山
夜はにや君がひとりこゆらん
とよみけるをききて、かぎりなくかなしと思ひて、河内へもいかずなりにけり。 まれまれ、かのたかやすにきて見れば、はじめこそ心にくくもつくりけれ、いまはうちとけて、てづからいひがひとりて、けこのうつは物にもりけるを見て、心うがりて、いかずなりにけり。さりければ、かの女、やまとの方を見やりて、
君があたり見つつををらむいこま山
くもなかくしそ雨はふるとも
といひて、見いだすに、からうじて、やまと人、「こむ」といへり。よろこびてまつに、たびたびすぎぬれば、
君こむといひし夜ごとにすぎぬれば
たのまぬ物のこひつつぞふる
といひけれど、をとこ、すまずなりにけり。